INDEX 日本共産党明石市議団
議会報告請願陳情政策提案あかしNOW街かどフォーラム議員紹介コラムリンク
 
あかしNOWインデックスへ

県道朝霧二見線(旧浜国道)
古城川の拡幅工事が始まります

2006年1月17日
 

 日本共産党の三好和彦議員(建設常任委員長)は1月17日、明石市土木部山陽高架対策課から県道朝霧二見線(旧浜国道)の拡幅に伴う古城川(新明町)の拡幅工事実施について報告をうけました。山陽高架対策課によると、今年度は、道路の北側に仮設道路を設置し、道路南側の川を拡幅する函渠工事を実施します。北側の拡幅については、来年度の雨が少ない時期に行います。1月24日に船上(ふなげ)南会館で地元説明会を実施し、その後工事を開始。工期は6月末までで、作業時間は午前8時から午後5時です。

 日本共産党市会議員団は、長年にわたり県道朝霧二見線の拡幅と安全対策の実施を要求してきました。また、2003年には、同地で歩行者がはねられ死亡する事件が起こったことから、同年9月議会、日本共産党の辻本たつや議員が同道路の拡幅と安全対策について取り上げ、積極的に対策を講じるよう求めました。当時の土木部長は、安全対策の実施を直ちに行うことを本会議で約束し、それ以降、同地の対策は次々と進められています。

 日本共産党市会議員団は、市民の皆さんからのご意見・ご要望に基づき、道路の危険箇所について調査を実施し改善を求めています。


【参考】 古城川とは
 古城川は、神戸市西区から大道町・硯町・新明町を通って播磨灘に注ぐ水路です。現在は、護岸工事が行われていますが、「昔は雨が降って増水する度に川の位置が変わっていた」ことから「ヨロヨロ川」と呼ばれていた(近隣住民談)ということです。
 「古城」とは、下流部(新明町)に昔あったといわれる船上城のことで、古城川の下流部分は、城の外堀だったといわれています。
 船上城は、三木城の支城として別所氏によって築城されたといわれています。1585年、羽柴秀吉の命により、『キリシタン大名』高山右近が入城しましたが、まもなく秀吉のバテレン追放令に従わなかった高山右近は追放され、以後は黒田長興、池田利政、小笠原忠政が城主となりました。小笠原忠政が城主の時代、船上城が手狭になったことから現在の明石城を建築。その際、船上城は解体され、材料として利用されたといわれている。一説には、火災で焼失したとも。
 現在この地には祠があり「船上城址」と記された標柱があるのみで、当時の姿を知るすべはありません。(船上城について2003年9月と2005年3月に辻本議員が質問しています。)

写真:県道朝霧二見線の古城川付近。県道朝霧二見線の中で最も道幅が狭く歩道が無いので大変危険です。

 
このページの上へ  

JCP-Akashi 日本共産党明石市会議員団
兵庫県明石市中崎1-5-1 明石市役所内
TEL078-912-1111(2185)
Copyright ©2001 JCPAkashi Shigidan.All rights reserved