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辻本議員発言一覧>>2017年3月本会議一般質問

  辻本たつや議員の質問

通告に従い、斎場管理センターに係る諸問題について5点お聞きします。

1 職員の重大な服務規律違反に関する調査について

本件については、昨年12月議会本会議において指摘しました。以後、特別チームによる調査が行われていますが現在の進捗状況はどうか、聞きします。

2 火葬場ひび割れ・漏水調査報告書について

昨年9月議会で報告を受けた、あかし斎場「旅立ちの丘」火葬場におけるひび割れ・漏水の調査報告書には、「ひび割れは完成後まもなく発生し、ひび割れからの漏水は約1年経過後から発生していることが確認されている。」と記されています。
ところが、私が公文書公開請求により入手した監理日報、平成23年6月2日付には「1期工事外壁漏水部分 確認立会」との記述があります。
1期工事の完成は、平成23年5月16日であります。したがって、雨漏りが確認された時期は、工事完成から「1年後」ではなく、約2週間後ということになります。
問題の発生原因を特定するための調査を行う上で、その基礎となる情報に誤りがあることは、その他の考察、結論を誤った方向へと導くことにもなります。つまり、私は、この報告書に対する信用性が失われることとなるのではないかと考えております。
他にも、私が現場の職員や関係者への聞き取りなどで得た情報と報告書に記載された事項を照らし合わせた結果、その内容にいくつかの疑義が生じておりますが、調査結果は信用してよいものなのか市の見解をお聞きします。

3 火葬場棟の品質・性能・耐久性・瑕疵担保責任について

火葬場棟のひび割れと壁面からの漏水については、長期間、有効な対策が講じられませんでした。現場の職員は、漏水が確認されて以降、繰り返し早期の改修を要請したと話していますが、なぜ、長期間、改修工事が行われなかったのでしょうか。
第1期工事の「かし担保検査報告書」を確認しました。指摘事項の中に、壁面からの漏水に関するものは見当たりません。なぜ、ひび割れ・漏水が確認されていたにもかかわらず、市は施工業者に改善を求めなかったのでしょうか。
漏水が確認された平成23年5月末ごろから、抜本的な対策工事がとられた平成27年11月までの長期間、雨漏りは雨が降るたびに発生し続けました。
本来、雨漏りは早期発見早期改修が大原則です。雨漏りを何年もの間放置することにより、構造躯体に重大な影響が出ること、耐用年数に至るまでに通常は必要がない大規模改修をしなければならなくなるなど、大きな問題につながることは常識的に認識されていることです。
漏水を確認してから4年半も適切な対策を講じなかったことで、火葬場の性能や耐久性に影響はないのでしょうか。今後、その判断を誰が行うのでしょうか。近い将来、この漏水に起因する構造躯体への重大な問題が発生した場合の改修費用をはじめ、責任は誰が負うのでしょうか。市の見解を問います。

4 新火葬場建設工事に関する疑問点について

新斎場火葬場棟新築工事に関する協議録を公開請求しました。入手した文書には、いくつかの疑問点があります。
例えば「六地蔵周りの改修」です。
六地蔵とは、火葬場に隣接する福林寺墓地の敷地内に安置された六体の地蔵菩薩のことのようであります。
協議録によると、福林時が墓地を改修し敷地の一部、つまり六地蔵周りに整備予定の墓参者用駐車場を、火葬場の工事と一体的におこなうことを「六地蔵周りの改修」と呼んでいるようであります。
言うまでもなく、民間の墓地の改修やその墓参者のための駐車場整備は、市が公費を投入して行う工事ではありません。
また、「六地蔵周りの改修費用は、歩道庇(上屋)を取止めることで捻出可となる」とあります。歩道庇とは、旅立ちの丘から火葬場へ通じる通路に設置予定だった屋根のことであります。
これは、予定していた工事を取止めて、民間の墓地の改修費用に充てたということなのでしょうか。
「三角地」という記述もあります。「三角地」は、現在、福林時墓地の墓参者用駐車スペースとなっている場所を指します。したがって、「六地蔵周り」と「三角地」は、ほぼ同じ場所を指すものと想像できます。
三角地に関しては、次のような記述があります。
「墓石の処理については現在の場所にオープン掘削で、可能な範囲埋設とし、埋設できない墓石は場外処分とする」
これは、不要となった墓石を現地に埋めて処分したということではないのでしょうか。
他にも不適切と思われる事項がいくつかありますが、これらの点について市はどのように考えているのか。認識を問います。

5 水子供養碑の移設について

現在の火葬場が建設される以前には、火葬場の隣接地に水子供養碑がありました。
この水子供養碑には、死産児の焼骨の一部が埋葬されており、遺族の方々が頻繁にお参りに訪れていたというお話もお聞きしています。
ところが、この供養碑は、新火葬場棟建設に際し「旅立ちの丘」駐車場に移設されました。
移設を検討した際の協議録には、次のような記述があります。
「供養碑には骨が入っていないというなら、墓ではないので場所の移動は自由だ」(寺)
寺とは、福林時のことであります。したがって、福林時関係者がそのように発言したという記録であります。
「骨が入っていないというなら」と述べているとおり、寺以外の出席者がそのように説明したと推察されます。この協議の出席者は、当時の市民健康部次長、同じく斎場管理センター所長、同じく衛生技能長であります。
しかし、関係者からの情報によると、水子供養碑には間違いなく焼骨が埋葬されていたこと、移設する前日にも新たな焼骨をこの水子供養碑の納骨室に納めたということです。
なぜ、事実と異なる説明をしてまで、水子供養碑を移設しなければならなかったのでしょうか。移設は、誰の要請で、あるいは誰のために行ったものなのでしょうか。市の認識を問います。

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