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議員の書き下ろしコラム
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親父のことば

ゆはら季一郎

 「あの子はわりと数学ができる」というのは、「数学以外は駄目だ」ということになるが、よく考えなければ褒めことばに聞こえる。同じ言うなら前者のように言えば、角が立たない。そういえば「わりとがつけば阿呆でも賢くなる」と親父は口癖のように言っていた。
 私の中学生時代は遊びが生活のすべてであった。特に夏休みは朝から晩まで海に潜って貝や魚をとっていた。サザエやあわびなどは当時から高級品で、高く売れた。当時の金で一日100円から200円は稼いでいたのではないか。それぐらいあれば結構アイスキャンデーなど子どもが喜ぶものを買うことができた。それで下級生におごってやっては兄貴分気取りであった。あるとき親父がポツリと「『人がいいのもバカのうち』ということもあるぞ」と言った。人気取りもいい加減にしておけということを教えたかったのではないか。その後やめたが、今でも田舎に帰ると、まだそのことに感謝してくれる者もいる。しかし、今やっている仕事は「バカのうち」の見本ではないか、ふと思ってしまう。
 いつの頃か知らないが自分の名前が気になる時があった。同級生の名前は、正、光男など平凡なのが多い。なぜ自分は季一郎なのか。これでは誰もチャン付けで呼んでくれない。こわい親父に由来を聞いてみた。親父はゆっくりと私の顔を見ながら、「昔の中国では男の子に、上から順に『伯仲淑季』という漢字を使って名前をつけるようになっている」と言った。季というのはスエという意味なのだ。だから季一郎というのは末っ子であるが一番大事な男の子である、というのである。その時私は「伯仲淑季」という言葉を脳裏に刻み込ませた。そして私の名前にはきちんとした意味があることが分かった。
 高校入試に必死の頃ではなかったか、食卓で就職が話題になったことがあった。そのとき親父が「食いはぐれのないのは医者と坊主と学校の先生だ」と、ぽつりと言った。いくら勉強しても坊主にはまずなれないので、医者か教師になろうと思ったのはこの時である。姉たちが中学卒なのに、私は大学も行かせてもらえた。医学部を受験した。得意の数学と理科は合格に十分の点数であったと本人は未だに確信しているが、不合格であった。次善の策の教育学部には合格した。そして、縁あって明石で採用された教職も6年で辞めて、今は地方議員である。食いはぐれがないどころか、4年に一度は「就職試験」を受けるはめになってしまった。
 「『ファミレス』、『パンキョウ』てなんのことや」ある時息子に尋ねた。彼はそんなことも知らんのかといわんばかりにめんどくさそうにぼそぼそ答えた。
 私は、親父には恐ろしくて口応えなどできずに成長し、自分の子どもには時代遅れと馬鹿にされている「団塊の世代」の一員である。子どもに「親父のことば」が今までに何か伝わっているだろうか、私にとって、伝えるべき「親父のことば」はなんだろう。いろいろ考えてみたが・・・・。

 
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